Merry Christmas Mr.Devil 2
悪魔と天使 2
悪魔と天使は空いている店を探したが、やはり中々見つけることができなかった。どのお店も、カップルや、聖夜を楽しまんばかりの人々で埋め尽くされていた。30分ほど歩きまわり、とあるカフェでようやく二人分の席を確保することができた。
悪魔はコーヒーとモンブランを、天使は紅茶とミルクレープを注文した。
席に着いてから天使は、くたびれたという顔をして、ため息をつく。
「はあ、疲れた。全く、どうしてこういう日におしゃれなお店とか予約しておかないんだか」
「だからあ、今日がこんな厄介な日だって知らなかったんだよ。それに、悪魔がどうやって現世のお店なんか予約できんだよ」
「あなた悪魔なんでしょ。適当な人間に乗り移るなりなんなりして、色々やり様があるじゃない。少しそういうことも考えてみたらどう?」
「そんな面倒なこといちいちやってられっかよ。それに、そんなこっちのわがままのために憑りつかれる人間さんが可哀想だろ。お前の方がよっぽど悪魔見てえだ」
「でも、人を不幸にするのが、悪魔の役目でしょ。そのあなたが人間の心配をしてどうすんのよ」
「そりゃあ、そうだけどさ・・・」悪魔がどもる。
天使は、ははーん、と思う。自分が呼び出された理由が、なんとなくわかった。
悪魔は開き直って、
「もうキリがねえよ。ほら、折角だし、とりあえず、お祝いしようぜ。メリークリスマス」
「悪魔のメリークリスマス」
「なんだよ」
「何だか、縁起でもないと思って」
「ひでえこというなあ」と悪魔は嫌そうな顔をするが、ちょっと考えて、
「でも確かに、不吉な物語のタイトルみてえだな。『悪魔のメリークリスマス』」と言う。
天使も何かを考えている。ふと、思いついたようで、言う。
「『Merry Christmas Mr.Devil』」
「なんだ、そりゃ」
「『戦場のメリークリスマス』って知ってる?」
「知らねえなあ」
「でしょうね。あなた、やっぱり現世のことは疎そうだもの」
「知らねえことがそんなに悪いことかよ」
「別にあなたのこと馬鹿にしてはいないわよ。
とにかく、『戦場のメリークリスマス』っていうのは、ある映画の日本でのタイトルなの。同じ名前のテーマ曲も、かなり有名よ。そして、この映画の欧米とかでのタイトルが、『Merry Christmas Mr.Lawrence』なの。そっから連想してみたってわけ」
「なるほど。それで『悪魔のメリークリスマス』から『Merry Christmas Mr.Devil』が出てきたのか」悪魔は何となく納得した。
「そーゆーこと。で、不思議なんだけど、『Merry Christmas Mr.Devil』だと、何故かそこまで不吉な感じがしないのよねえ」
「確かに、言われてみればそうだな。なんか、いい話かもしれないって思えるな」
「そうそう。現世の言葉ってホント不思議よねえ」天使はしみじみと言う。
「ちなみに、その『戦場のメリークリスマス』ってのはどんな話なんだい?」悪魔は尋ねる。
「うーん。ごく簡単に言えば、戦時中の捕虜収容所という極限の環境で芽生える、男性間、この話だと捕虜と収容所所長の間の、同性愛の物語かな。まあ簡単に説明できるお話ではないわね」
「ほほう、BLか。お前もしかしてそういう趣味があったのか」
天使はまたため息をつく。
「あのねえ、どうしてよりによってそんな言葉を知ってるのよ」
「悪いことするのが役目なもんだから、現世のいかがわしい言葉は、嫌でも覚えちまうんだ」
「悲しいものね。ともかく、私は、今は女に化けてるだけで、実際はどっちでもないんだからね。そんなのわかり切ってることでしょう。それに、もしホントにそういう趣味があるとしたら、私は今日男になって来てるはずよ」
「そりゃそうだわ」
ここで天使は、真剣な目つきになって、悪魔の方を見る。
「あなた、こんな雑談するためだけに私を呼んだんじゃないんでしょ?そろそろ本題に入りましょう」
「おおそうだった。忘れちまうところだった」
「全く・・・」
悪魔と天使は、少し間を置くように、それぞれ自分のケーキを食べ、それぞれの飲み物を飲んだ。
悪魔が天使に尋ねる。
「なあ、お前は自分が天使であることをどう思ってる?」
「どうって、ねえ・・・まあ、これが自分の与えられた役割だとしたら、それは全うしなきゃな、とは思うわよ」
「そういう自分の立場に、誇りみたいなのは持ってるのかい?」
「誇りねえ。そんな大それたものが私の中にあるかはわからないけど、今の自分の立ち位置にそれなりには満足してるかな」
「そっかあ。やっぱ天使は羨ましいなあ。人間に幸福を与える仕事なんだもの」
「人間に何かを与えるって意味では、悪魔もそんなに変わらないと思うけどね。幸せを与えるか、不幸を与えるかの違いだけ。それに私は、幸福と不幸の間にも、あんまり差なんてないんじゃないかって考えてる。そりゃあ人間たちにとっては、この二つの差異は重要かもしれないけど、でも私たちはそれのどっちかを、彼らにひょいって渡すだけじゃない」
悪魔はため息のような息を吐く。
「そういう柔軟な考え方ができるならいいよ。でも、今の俺にはなんかそういうことができねえんだ。確かに悪魔の使命は人間たちを不幸にすることだ。人を傷つけることだ。細けえことは気にしねえで、淡々とそれを続けてりゃいい。実際俺の周りの他の悪魔は、皆そういう考えさ。
だけど、今の俺はどうもダメだ。自分が傷つけた人間が、どうも可哀想に思えちまうんだ。どうしてこいつが、わざわざこんな悲しい目にあわなきゃなんねえんだろうって。人間が俺のせいで苦しんでる姿見ると、俺も苦しくなってきて、申し訳ねえ気持ちになるんだ。もし自分が天使だったらって、そう思うときすらあるんだ。天使だったら、人間たちの幸せな姿だけ見れて、そしてこんなつらい気持ちになることだって、ないんだろうなと思うんだ。
なあ、人間ってのは、幸せになるだけじゃ、駄目なのか?天使だけがいて、幸福だけをジャンジャンあげてるだけじゃあ、駄目なのか?」
天使は、悪魔の話を黙って聞いていた。この悪魔は、駄目なところもあったが、ちゃんと物事を考えられる、いわばマトモな悪魔であった。それが悪魔にとって必要な能力なのかは何とも言えないが、知り合いとして付き合う分にはなかなかの好人物、いや好悪魔なのであった。と言うわけでこの天使は、この悪魔のことを(時に彼の無知さにあきれることはあったが)それなりに気に入っていたのである。このような悩みを抱えるほどとは、流石に知らなかったが。
天使は紅茶を一口飲む。
「あなたのその苦しみは、すごくよくわかるわ。私も、そういう気持ちになったことがあるから」
それを聞いた悪魔は、目を見開いて、驚きを表現する。天使はカップを置き、ひとつ深呼吸をする。
「天使ってのも意外と大変なの。あなたも知ってるでしょうけど、人間たちの中にはね、ホントにろくでもないやつがいっぱいいるのよ。でも、そういう人間にも、私たちは、ちゃんと幸せを分け与えないといけない。彼らを幸せにしてやる度に思ったわ、もっと幸せになるべき人間がいるはずだって。そう思うと、とても嫌な気持ちになった。そんな時期もあったわ」
天使は悪魔の目を見つめ直す。
「けどね、結局、私たちにはもうどうしようもないことなのよ。人間っていうのはね、多少程度の差はあれ、ほとんど同じ数だけの幸福と不幸が与えられるようにプログラミングされているの。誰がそんなの作ったのかは知らないけどね。そして私たち天使と悪魔の存在は、そのプログラムの一部にしかすぎないのよ。そこから逃れることはできない。そういうふうに考えるようになったら、まあある意味諦めたみたいなもんだけど、割と開き直れたわ」
天使は微笑む。悪魔はうつむく。
「今の俺にゃ、そんな風に考えられる気がしねえよ」
この悪魔は、相当自分に自信を失っているようだった。
「まあ、考え方は人、あっ、悪魔か、悪魔それぞれだからね」
「おい、変なこと言うなよ。俺は真面目に相談してんだ」
「ごめん、ごめん。あっ、ほら、現世に順応するってのはどうなの?こっちで上手くやってる悪魔も、結構いるみたいじゃない。あなたみたいな人間臭い悪魔なら、いい感じに通用しそうだけど」
「そんな器用に人間たちとやっていけるとは思えねえよ。それに、これまで俺は散々人間たちを傷つけてきたんだ。そんな俺が今さら人間に受け入れてもらおうなんて、虫が良すぎるだろ」
天使は腕組みする。
「つまり、罪悪感を抱えたまま人間たちとはつきあえないと。考えすぎだと思うけどなあ。ふふ、まあ、あなたらしいけど」天使はまるで天使のように微笑む。
「なんか悪いな。色々アドバイスしてくれたのに」
「別にアドバイスってほどのもんじゃないわよ。ところで、どうしてそういう風に考えるようになっちゃったのかな?何かきっかけがあったんじゃないの?」天使が尋ねる。
悪魔は言おうか迷ったようだったが、結局話し始める。
「あんまり詳しいことは話せねえんだけどさ。可哀想なじいさんがいたんだよ。見るからにみすぼらしい、俺たちが何にもしなくたって不幸みたいなじいさんだ。でも、俺は課せられた使命に従って、そいつを不幸にしなくちゃいけなかった。その時からだ、俺はこれでいいんだろうかって、思い始めたのは」
「なるほどね。私とは真逆だけど、ある意味では同じような経験をしてるのね」
「そういうことになるな。そういう意味じゃ、天使と悪魔ってのは、似てるのかもな」
悪魔と天使は互いに微笑み合う。
この後彼らは、黙々とケーキを食べ、飲み物を飲み干す。何故だか会話は出てこない。賑やかな店の中に、静かな一点が生まれる。
食事が終わり、少し間を置いてから、天使が、
「そろそろ出る?もういい?」と悪魔に尋ねる。
「ああ、大丈夫だ。今日はありがとな。普段悪魔に囲まれてっから、たまには天使の意見も聞いてみたかったんだ」
「なるほどね。それはとても賢明な判断だと思うわ。自分と全然違う存在の考えを聞くってことは。でもさっきみたいに、意外と似てることもあったりしてね」
悪魔と天使は席を立つ。店を出るとき、天使は悪魔の肩をポンと叩く。
「こういうことを悪魔に言うのは変かもしれないけど、もっと前向きになりなよ」
「ありがとさん。でも確かに、そりゃだいぶ見当違いだ」悪魔は笑う。
「二人」はまた街の中に混ざりこんでいく。
生中継2
いやぁー、面白い二人組でしたねー。さて、お次はお次は、いよいよホンモノの美男美女カップルの登場でーす。えっ、今までのは何だったかって?もー、そんな細かいこといいじゃないですかあ。クリスマスだし、楽しければなんだっていいんですよー。あっ、ああ、早く出せって?それは失敬失敬。それでは登場していただきましょう。こんばんはー。
「こんばんはー」
「お、おう・・・」
あら、腕なんかくんじゃてえ。ラブラブですねぇ。
「おい、やめろって。あっ、いや、そんなんじゃねえ・・・」
「そうなんですよー。愛し合ってますもん」
いやあおふたり、幸せそうで何よりです。男の子のほうはちょっと照れちゃってるのかな?
「そうっすよ。もう恥ずかしいったら・・・」
「別にいいじゃん。ラブラブなんだしー」
おふたりを見てると、何だかこっちも照れちゃいますねえ。ちなみに、どちらからいらしたんですか?
「えっ、あっ、そりゃあ、あのお・・・」
「埼玉から来ました」
「あっ、そうそう、埼玉埼玉」
なるほどお、埼玉県から。
「はい、埼玉なんもないですから」
「お、おい、それは埼玉の奴らに失礼だろ」
確かに彼女さん、それを言っちゃまずいでしょう。彼氏さん、ナイスフォローです。
「お、おう、どうも」
「ごめんなさーい」
いやあ、優しい彼氏さんなんですねえ。おふたりは付き合って何か月になるんですか?
「えっ、ええ・・・」
「えっーと、5か月です」
ほうほう5か月ですか。じゃあまだまたこれからって感じですねえ。
「はあ、そうなのかなあ・・・」
「そうですよねえ」
おっ、ああ、そろそろですかねえ。いやあ、おふたり、お時間取らせてしまってごめんなさいねー。ご協力、ありがとうございましたあ。
「えっ、ああ、テレビなんて出たの、初めてだったし・・・」
「ありがとうございましたー」
いやあ、素敵なカップルでしたねえ。彼女さんもですけど、彼氏さんも照れちゃってて、可愛かったですねえ。もうおふたりのこれからの幸せを願うばかり、って感じです。
それではそれでは、私はこれからもミラクルカップル探して、渋谷の街を練り歩きますよお。まだまだ楽しみにしててくださいねー。