Merry Christmas Mr.Devil 3
天使と悪魔3
「おい。なんてことすんだよ。てか埼玉ってなんだよ」
「別にいいじゃない。面白いんだから。」
天使と悪魔はスクランブル交差点を渋谷駅方面に渡り、最初に集合したハチ公前の広場に戻ってきた時に生中継の該当インタビューに捕まったのだった。突然のことに戸惑う悪魔と、機転を利かせた応対をした天使。インタビューから解放された後、二人は例によって言い合いになったが、どこか楽しそうでもあった。周囲の人々から見たらお互い文句を言いながらも仲の良いカップルに映っただろう。
それで二人、いや天使と悪魔がそのままハチ公像の近くに移動していた時、悪魔が何かに気づいた。大勢の人がごった返している中、一部の場所に人のいない空間ができていたのである。さらに良く見ると、そこには老人が座っていた。如何にもみすぼらしい服装で、都会でよく見かける浮浪者の一人だった。人々は彼を避けていたのだ。
老人に気づいた悪魔は立ち止まった。
「どうしたの?」
老人どころか空間にも気づいていなかった天使は尋ねた。しかし悪魔は答えない。天使は悪魔の目線の先を追って空間と老人の姿に気づいた。そして天使が、あの老人がどうかしたの? と聞こうとした時だった。
「あの老人…」
悪魔は言った。
「俺が不幸にした奴そっくりだ…」
悪魔は天使のことを置き去りにして、悪魔は老人の早足で歩き出した。ちょっと!、という天使の声も届くことなく、人混みを掻き分けて進んでいった。
悪魔は老人の前に辿り着き、仁王立ちでポケットに手を突っ込み、上から見下ろすように老人と対峙した。
「じいさん、どうしてそんなところにいるんだよ」
悪魔は怖そうな、でもどこか寂しそうな顔で老人を見つめていた。天使が追いついてきて悪魔に声をかけようとしたが、悪魔の顔を見てそれを止めた。
老人が顔を上げた。
「若いの…わしに話かけとるのか…すまんのお…邪魔だったかい…」
「ちげえよ。邪魔とかじゃなくて。何でこんな寒い日にこんな場所に一人でいるんだよ、体に悪いだろ」
老人は悪魔に向けていた顔を再び地面を戻した。
「わしのこと心配してくれいたのか…有り難いのう…だがすまないねえ…月並みな言い回しじゃが…わしはもうそんなに長くないんじゃ…年を越せるかもわからん…」
「そんなこと言うなよ。やっぱりこんな寒いところにいつまでもいちゃダメだ。もっと暖かい場所にいなきゃ」
悪魔は訴える。
「もういいんじゃ…妻も失った…金も失った…住む場所も失った…わしも…昔は浮浪者を見て…絶対こうなるまいと思っていたんじゃがなあ…いつの間にかこうなってしもうた…」
すると、いきなり悪魔は両手で老人の両肩を掴んで、二人、いや悪魔と年老いた人間はめを合わせた。悪魔は今にも泣き出しそうだった。
「そんなのまだわかんねえだろ!まだやりなおせるだろ…」
悪魔はそのまま崩れ落ちてわんわん泣き始めてしまった。老人も、悪魔の後ろにいた天使も呆然としていた。
やがて老人は悪魔に微笑みかけるようにしていった。
「わしの人生はろくなもんじゃなかったのかもしれん…じゃがな…ここは妻と良く来た場所だったんじゃ…すっかり忘れておった…何故か覚え出せたわい…わしはそれだけでも嬉しい…」
老人は優しい声で続けた。
「そして…最後にこんなにも優しい若者に出会えて…わしは幸せ者じゃ…」
それを聞いた悪魔はもっと感情的になってもっと酷く泣き出してしまった。最初は呆気にとられていた天使も段々冷静さを取り戻して、早くこの悪魔をどうにかせねばという気持ちになった。
「ほら、いつまで泣いてるの! みっともない! もう立って!」
天使は悪魔を無理矢理引っ張りあげて起こした。
「おじいちゃん、ごめんね。邪魔しちゃって」
天使は老人に微笑みかけた。老人も天使に微笑み返した。天使はその老人の笑みを見た時、ふとある考えが芽生えた。
天使と悪魔は人気のない場所に移動した。天使は悪魔が落ち着いてくるのを待った。悪魔は暫く泣き止まなかったが、少しずつ冷静さを取り戻しつつあるようだった。天使はもういいだろうと思ったところで、話し始めた。
「あのね、聞いてくれる?私あの老人を見て気づいたんだけどね。人に不幸が与えられるのは、それを乗り越えて成長してもらうためなんじゃないかなって思ったの。そして幸福はそこからさらに一歩前に進むためにあるんじゃないかなって」
天使は悪魔と目と目を合わせて、話を続けた。
「だからね、あなたの考え方は独りよがりなのよ。ちゃんと意味があって人間は不幸になるの。それを克服して強くなるために」
悪魔はもう泣き止んでいた。天使は少し間をおいて言った。
「あのおじいさんは人生の最後の最後で、全ての不幸を乗り越えて幸せな気持ちになれたの。自分一人の力じゃなかったかもしれないけど。でもこれがきっと人間のあるべき姿なのよ」
今度は天使が感極まって泣きそうになっていた。
「少しは見習ったらどう?…」
天使は俯いた。悪魔は天使のことを見つめながら言った。
「俺が間違ってたよ。どこまでやれるかわかんないけど、俺なりにやってみるよ。ありがとうな。てかお前まで泣くなよ」
悪魔は笑った。随分久方振りくらいに笑った気がした。天使もそれを聞いて顔を上げ、優しく微笑んだ。
生中継3
いやー、流石クリスマスですね。素敵なカップルがたくさん集まってましたー。
私のお気に入りはですね…やっぱり埼玉から来たあのカップルですかねー。あっ、そうです。彼が物凄く照れてるカップルの。まだその辺にいないかなあ。
あら、そろそろお時間のようですー。お疲れ様でしたー。スタジオい返しまーす。
天使と悪魔4
「悪魔くんが元気になってくれて良かったよ。嬉しい」
天使は別れの別れの挨拶をする前にそう言った。
「いろいろ世話になったな。改めて礼を言うよ。これからはちゃんと持ちこたえろよーって想いながら人間どもを不幸にしてやる」
悪魔も答えた。
「はは、意味わかんない。でもその意気だわ」
最後にこれだけ言わせてもらっていい?と天使は言い、悪魔は了承した。
「人間に会って幸せだって言わせちゃ悪魔、最低で最高だったよ」
じゃあね、じゃあな、と言い会って天使と悪魔は別れた。天使が渋谷駅の改札を抜けて人混みに消えて行くまで、悪魔は見守っていた。そして悪魔は再び外に出た。
悪魔は空を見上げる。街の明かりのせいではっきりとは捉えられなかったが、星がいくつか見えた気がした。