涙を流した時に思い出すこと。
禁断の多数決のことを一旦書き終えて、なるべく禁断と関係のない話を書きたいと思うのですが、どうにも今の自分はこんなこと書きたいと思うとどうしても多かれ少なかれ禁断が絡んでしまいます。
この前の小話もそうだし、今下書きで途中まで書いている文章があるのですが、それもそのうち禁断のことが出てくるだろうなって感じです。
まあ禁断の多数決に出会ったことが自分の中の色んなものが変わったきっかけになっているので仕方ないのかもしれませんが。
ふと思い立って今から書くことも禁断の多数決のメンバーが絡んでいます。
というか禁断の多数決について書いてた時に書きそびれたことです。
僕が涙もろくなったきっかけについては以前にも書きました。
禁断の多数決のメンバーのほげちゃんに初めて会った後のことです。
彼女に会ったことで自分の中の何かが書き換えられてしまったかのように。
その涙の原因については以前にも触れましたが、結局のところ本当の理由はわからないままです。
ただ、僕が涙を流す時にはある種の幸福感が伴っているのがわかります。
涙を流す要因としてはつらいとか、悲しいとか、感動したとか色々あると思います。
僕の場合はある種のつらさと、ある種の幸福感が一定のバランスになったときに涙が流れるみたいです。
色々やっているとつらいこともあるけど幸せな瞬間もあったなと心から思えると涙がでてくることが多いようです。
最近は、自分の普段の考え方や行動を見直すようになって、なんとかやらなくちゃと思うとふと涙が出てきます。
涙を流した時に思い出すことがあります。
それは元メンバーのさひろさんが禁断の多数決についてブログに書いていた中の一部分です。
そこには、禁断の多数決が好きだと思うと泣いてしまう、ということが書かれていました。
この文章を思い出す度に、自分の好きなことで涙を流せるって素敵なことだなと思います。
僕にとっての涙も、自分の好きなものや、幸せのためのものでいつまでもあってほしい、そう願っています。