みつむらのブログ。

みつむらです。

The Blue 3

 僕たち四人が最初に集ったのは、入学式の翌日だった。

 入学式当日の時点で、教室での席が前後だったジョーと僕はよろしく程度の挨拶は交わしていた。まあ、彼が「ナカジョウ」で、僕が「ニシムラ」だったから妥当な並びではある。次の日の休憩時間に、ヨシがジョーに絡みに来て、久しぶりだなと声を交わしていた。この二人はどうやら小学校以来の付き合いだったようだ(後で聞いた話だと、小学校が同じだったわけではなく、当時参加していたボランティア的な活動で一緒だったそうだ)。

 彼らは最初の内、僕の前で近況報告のようなことをしていたが、突然立っていた方がしゃがんでジョーの席に両肘をついて、

「おいお前、後ろのイケメン君とは絶対に仲良くしておいた方がいいぞ」と小声で言った。

 僕はその時頬杖をついていたのだが、そのままの姿勢で目を細め、不快な顔をした。何を言っているんだこの人は。それに丸聞こえだ。

 僕の様子に気づいた彼はまた立ち上がって僕の席の左斜め前で、

「いやあ、悪かったよ。からかったつもりはないんだ」と苦笑いを浮かべていた。僕はまだ黙って、彼を睨みつけている。その時僕の後ろから声がした。

「お前、やっぱ○○中のニシムラだろ?」

 僕はまた拍子抜けさせられた。どうして僕のことを知っている人がいるんだろう? 僕のいた中学からこの高校に進学した人は自分以外にいないはずだし、僕の知っている人物がここに来ているという話は聞いたことがなかった。

 僕に声をかけたのは、長身で、いかにもスポーツをやっていそうな体型をした生徒だった。僕が驚いて何も話せない状態でいる間に、彼は僕のすぐ右横に来て、となりの開いていた席の机に腰掛けた。

「なあ聞いてくれよ。俺中学の時野球部だったんだけどさ、最後の大会でこいつのいた中学と対戦したんだよ。でさ、俺が外野にすげえいい当たり打ったんだよ、絶対に抜けたと思った。そしたらさ、相手のセンターに捕られたんだよ、ジャンプ一番で。そん時のセンターが」

 僕のことを指差した。

「彼だったわけだ」代わりに、立っていたもう一人が言った。

 僕はその時のことをすぐに思い出すことができなかった。部活動を引退して以来、その頃のことを思い返したことがこれまで一度もなかったからだ。

「それでさ、俺キャッチャーだったんだけどさ、こいつに三安打猛打賞まで食らったんだよ。もう彼一人のせいで俺の最後の夏が終わったようなもんなんだよ」

 あの試合か。僕はやっと思い出すことができた。僕は当時、一番センターでレギュラーだった。けれども残念なことに、今話してくれた彼のことは全くと言ってもいいほど印象に残っていなかった。

「そいつは、災難だったな」僕の前の席に座っていた奴が本当に同情するかのように言った。

 ヨシは腕を組んでジョーの方を見て、

「なあ、やっぱり俺の見込んだ通りだろ?」と得意げに話した。ジョーは呆れ顔で、

「君たちは今までに会話したことがあるのかい?」とつぶやいた。

「ないです」僕は初めて声を出し、苦笑した。

「お、彼は入学して以来初めて笑ったんじゃないか?」とヨシがからかった。

「俺をロボットかなんかと勘違いしてないか」僕はお決まりの返しをした。さっきよりもよっぽどひどいことを言われているのに、僕はなぜか笑みが止まらなかった。

 

 その後僕たちはいろいろと話し込んで、放課後も一緒に帰った。お互いの呼び方もその日の内に決まった。ヨシとジョーは今までもそう呼び合っていたのでそのまま採用された。ちなみに「ナカジョウ」のジョウ、「ヨシザワ」のヨシから採られている。ケイちゃんは下の名前の「ケイゴ」から、僕も「ショウスケ」という名前からショウという呼び方に決まった。

 帰り道で僕はケイちゃんに、その頃のことをちゃんと覚えていなかったことを謝った。ケイちゃんは「まあそんなこと普通覚えてないから」とあっさり僕を許してくれた。まあ、そもそも彼も誰かと話をするきっかけが欲しかったのだろう。

 また、これも覚えていなかったのだけれど、入学試験の時にヨシは僕の隣の席にいたそうだ。となりの席の人から、不思議な雰囲気というかオーラのようなものを感じて、それが僕のことだったとか。それ以来、彼は僕に目をつけていたらしい。

 このことを聞いて僕は素直に、

「それはなんだか気持ち悪いな」と答えた。これには後の二人も同意した。ヨシは困ったような顔で、

「別に俺に変な気があるわけじゃないから安心してくれよ。ただあの時は本当にそう感じたんだ」と訂正した。

 僕は今まで、自分から雰囲気とかオーラが出ているなんて言われたことがなかったし、そう言われてもピンとこなかった。でも今はそういうことを気にするつもりはあまりなかった。とりあえず僕は彼の言い訳を信用することにした。

 

 この日以降、僕たち四人はよく一緒に行動するようになった。僕たちは皆部活動には入らなかった。ヨシとジョーは代わりに以前一緒に参加していたボランティア活動の手伝いをすることにした。ケイちゃんは一度陸上部に入ったが、一か月足らずで辞めてしまった。

「おかしいんだよ、体験入部の時は先輩あんなに優しかったのに、入ったら急に厳しくなるんだぜ。一度にあんな大量の物持たされたの初めてだよ。詐欺だねあれは」

 中学の時の野球部でさえ、ここまで厳しくはなかったという。

 僕も他にやるべきことがあったので部活には入らなかった。野球は嫌いになったわけではないが、ずっと続けてきてうんざりしていたし、何より自分には向いていないとなんとなくわかっていた。

 とにかく、このように誰も部活動に入っていなかったので、放課後は四人で過ごすことが自然と多くなった。四人で仲良くしている内に、お互いの役割や立ち位置が大まかに決まってきた。

 ヨシはリーダー的存在だった。自分たちがどこに行って何をやるのかを決め、他の皆を引っ張っていくのが彼の役目だった。そう聞くと一見しっかり者のように感じられるが、ボケたり誰かをからかったりするのが多いのも彼の特徴だった。身長は僕より高くてケイちゃんより低い。

 ジョーは基本的にはお調子者だが、時に冷静になって物事を判断することができた。まあ、ボケもツッコミもできるといった感じだ。とにかく僕たちの中で一番器用な奴だと思う。身長は僕より低い。

 ケイちゃんは優しいお兄さん的な立ち位置だった。からかったりする場合を除いて、よっぽどのことがない限り人の悪口は言わなかった(だから部活動のことはよっぽどのことだったのだ)。皆の中で一番柔軟な考え方ができるのも彼だった。身長は僕たちの中で一番高い。

 ここまで言って自分の立ち位置は?と聞かれると、これが自分ではよくわからなかったりする。ふとそう思うと、自分が本当にこの場所にいていいのかと不安になる。僕は実際この集りの中でどういう立ち位置なのか、三人にそれぞれ尋ねてみたことがある。返ってきた答えは、

「癒し」

「イケメン枠」

「不思議君」

 といった半分ふざけたようなものばかりだった。でも、残りの半分くらいはあながち間違っていないような気もした。

 あとヨシには「最初見たときは、クールで大人しそうな奴だと思ったけど、話してみると意外と皮肉っぽいし、それによく笑う」と指摘されたことがある。そんな風に言われたのは生まれて初めてだった。もしかしたら、誰かとちゃんと関わり合うことで、自分では上手く見ることができない新しい自分が芽生えてくるものなのかもしれない。そしてそんな相手の意外な一面を察知して伝えられることもヨシの特技だと僕は思う。