みつむらのブログ。

みつむらです。

The Blue 2

 六月下旬、梅雨の真っ只中。例によって穏やかな、それでいて際限のない雨が降り続いている。中学のころは部活動の時間が短縮されるから、雨が降ると少し嬉しい気持ちになった。でも最近では、行動が制限されてしまうことから雨はむしろ僕を憂鬱にするようになった。少し状況が変わるだけでここまで世界の捉え方が違ってくるのかと思うと、なんだか不思議な感じがした。

 

 学校帰り、僕たち四人は駅前のファストフード店にいる。来る期末試験に向けての集まりだ。僕たちは地元でもそこそこの進学校のクラスメイトで、まあそこそこ頭の切れる人々の集団である、とは思う。そうはいってもやはりずっと勉学に集中できるはずもなく、雑談が割り込んでくる。

 最近気になっている作品、可愛いと思う女優、学校内の恋愛事情。進学校に通う生徒とはいえ、普段の会話の内容は割とこんなものである。

「ったく、あの二人でちゃっかりくっついちゃうんだからな」

「せやな」

「全くだわ」

 彼らは校内で新しく誕生したカップルに心から素直に嫉妬していた。僕もその二人のことを知らないわけではなかった。でも僕としては誰と誰が付き合おうが別に気にするようなことではなかった。結局自分とはそこまで関係のないことなのだ。僕は彼らの話を適当に聞き流して、数学の二次関数の問題を頭の中で噛み砕いていた。平方完成したら頂点がこう出て、範囲がこうだから場合分けして・・・

「ところで、いつまでマスマティックスしてるんですかねえ、ニシムラ君は」

 いい加減ジョーに突っ込まれる。「ちっ、バレたか」皆が少し笑う。

「ショウはどう思うよ、あの二人」ジョーが高い声で言う。

「別にどうとも思わないよ」僕は低い声で返す。

「面白くないなあ、少しは恋愛ってものに興味を持てよ」

「まだピンとこないんだよ、俺には」

「お前はそれでも健全な思春期の男子か!」

 少し間を置いてから、ペンを置き、両腕を上に伸ばして、開き直った感じで僕は言った。

「まあ、今の俺は、自分のことで精一杯なんだよ」

 また少し間があって、皆が苦笑し始めた。冗談っぽくは言ったけれど、嘘を言ったつもりはなかった。恋愛に興味がないことも、自分のことで精一杯だということも。

「じゃあショウちゃんは恋愛経験無いってことか?」

 今度はケイちゃんがいつもの男らしく、それでいて優しげな口調で僕に尋ねた。そういえば意外と今までこのメンバーで、自分たちの恋愛について語り合ったことがなかったなと思い当った。

「ないよ」僕は短く返した。

「告白されたことは?」ヨシも訊いてきた。

「それはまあ、なくはないけど」

 皆は一斉に呆れたような顔をして、そして僕にまで嫉妬の視線をぶつけてきた。僕はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「贅沢なやっちゃな」ヨシがぼやいた。

「そうだそうだ」ジョーがわざとらしく便乗した。

 結局、僕以外の三人は告白された経験がなかった。僕はなんだかんだ皆いい奴だと思っていたので、それはそれで意外だった。しかし、逆に誰かに告白したことのある人もいなかった。僕は皆大して興味ねえじゃねえかと突っ込んだが、僕に対する冷ややかな視線はあまり変わらなかった。

 もうしばらくしてからジョーが、「こんなんで勉強に集中できるか!」と言いだし、ヨシも、「もうお開きにするか」と言った。僕たちは店を出て、まだ雨の降りしきる駅前通りを歩いた。四つの傘が歩道を塞いでいた。

 四人の中で僕だけが電車通学だったのだが、他の三人も改札までついてきて僕のことを見送ってくれた。

「じゃあな」

「また明日」

「テスト頑張ろうぜ」

 ついさっきまで僕に嫉妬していたことを皆忘れてしまったみたいだった。いや、多分皆態度に示す程嫉妬なんかしてないんだ。皆いろんな表情を作り出すのが僕よりずっと上手いんだ。

 でも、まあいいや、面白いから。

 

 僕は電車に乗る。雨の降る外の世界はもうすっかり暗くなっている。やれやれ、結局全然捗らなかった。いつも本を読む車内で、今日は単語帳を開く。時々、窓の向こうの真っ暗な景色を眺める。電車の中だけが、明るい世界であるかのように感じられた。