The Blue 6
朝、教室に入るとジョーがいた。普段おちゃらけて見える彼だが、遅刻は絶対にしない。早く来て勉強か読書をしている。ただ今日は、昨日までのテストの疲れが残っているのか、何もせずぼーっとしていた。僕は鞄を机の上に置いてから(流石に席替えでもう前後の席ではない)、こっそりジョーの後ろに忍び寄って彼の頭をもじゃもじゃした。
「わあ!」ジョーが立ち上がって振り向く。
「なんだショウか」胸をなでおろす。
「ショウ君はそういうことする子じゃないでしょ」
「人を思い込みでキャラ付けするなよ。固定観念、ステレオタイプ」
はいはいすいませんでした。ジョーが座り直す。僕は彼のすぐ横に移って聞いた。
「テストはどうだったよ?」
「まあまあできた方かな。お前ほどできてないけど」
「そんなの結果が返ってこないとわからないだろ」
「俺にクラス一位二位を争う実力があると思うかい?」
「それは努力次第だろ」
じょーはムッとした表情を作る。やはり疲れがあるのか、今はあまり話を広げるつもりもないようだ。
「そういえば」
ジョーが突然表情を変えて、
「ショウに関する良からぬ噂を聞いたんだが」
えっ?僕はすぐに何のことか思い当たらなかった。
ジョーが小声で耳打ちする。
「バイトしてるの、バレたっぽいぞ」
僕が高校に入ってからやりたかったこと。それはアルバイトだった。今まで面倒を見てくれたおじさんへの恩返しのため、彼の負担を少しでも軽くするためにしたかったことだ。あいにく僕の学校ではアルバイトが禁止されていたが、学校の生徒がほとんどいない地元のコンビニを働き場に選んだので、そうそうバレることはないだろうと高を括っていた。ジョーたちを除いて、僕は誰にもこの事実を伝えていなかった。
「たまたまショウの地元のコンビニでトイレ借りた奴が、レジで働いてるお前のこと見たんだってよ。そいつ的には、普段おとなしそうなのに仕事だとてきぱきしてるお前を見てかなり好印象だったみたいだけど」
僕は上を向いてため息をつく。いろんなことがそれなりに上手くいっていたはずなのに、これから僕はいったいどうなってしまうんだろう。
噂は徐々に広まっていき、数日後、ついに僕は生活主任の先生に呼び出された。皆はきっと大丈夫だと励ましてくれたけど、そんな保証はどこにもない。僕は最悪の事態も覚悟して、面談室に向かった。
部屋に入ると、主任の先生が一人座って待っていた。
「ニシムラショウスケ君だね」
「はい」
先生は向かいの席に座るよう僕に指示する。僕はそれに黙って従う。
「なんで呼び出されたかは、大体検討がついてるね?」
僕はうなずく。
「聞くところによると、君はかなり優秀な生徒だそうじゃないか。中間の成績は上位で、今回の期末も上々の出来だったとか」
「そんなことないです」
「でも、成績がどうだろうが校則違反をした場合、本来生徒は平等に罰せられなくちゃいけない」
僕は黙っている。
「ただ、今回はかなり微妙な問題だ。先生もそんなに馬鹿じゃないから、それくらいのことはわかる」
あれ?僕はよくわからないという顔をする。
「勿論君の家庭の事情くらいこちらは把握しているよ。一応校則では、特殊な場合を除いてアルバイトは禁止されている。問題は、君のケースがその特殊な場合に当てはまるかどうかだ。微妙、というのはそういうところのことだよ」
僕はまだ何も話せないでいる。
「当然君がバイトのことをちゃんと報告しなかったのはまずかった。しかし、君の気持はわからないでもないんだ。我々に報告したところで君の言い分が通るかは何とも言えないからね。兎に角君は、育ててくれた人のためにお金を稼ぎたかったんだろう?」
僕は驚かされた。全部見透かされていた。全部わかってくれていたんだ。
「君は普段の生活態度も良好だし、馬鹿の一つ覚えみたいに君を咎める気にはなれないよ。だから我々も色々と考えたんだが、今回の君のケースは特別に認めることにした。勿論条件付きではあるが」
「その条件って何ですか」
「もし今後君の成績が下がるようなことがあったら、ということだ」
僕はここでようやく笑うことができる。
「本当にありがとうございます。でも、成績で判断するっていうのは随分ありきたりですね」と試しにツッコんでみた。
「ははは。確かに漫画でよくありそうな展開だ」先生も笑ってくれた。
先生に挨拶してから部屋を出て、階段の方に歩いていくと、その階段のところでジョーとケイちゃんが隠れて待機していた。ヨシは何故かいなかった。
「どうだった?」
「今から一か月間の停学処分」
「うそだろお・・・」
二人はショックの色を隠せない。でも少ししてから、ケイちゃんがふと気づく。
「あれ?でも今から一か月って、もうすぐ夏休みじゃん」
「だから、そういうことだよ」
彼らはようやく理解して、ほっと胸をなでおろす。
「なんだよ、驚かすなよ」
「いきなり変な嘘つきやがって」
「はは。ただ、おかげで今の成績を維持し続けなくちゃいけなくなったけどね。まあ兎に角、あの先生はいい人だったよ」
「それ本当か?」ケイちゃんが疑ってくる。
「あいつ課題いっぱいだすから皆文句言ってるぜ」ジョーが腕を組みながら言う。
「そういうところで人を判断するもんじゃないよ」僕は弁解してみる。
その後、僕がトイレで用を足そうとすると、あとからヨシが入ってきて、僕の隣のところについた。
「災難だったな」ヨシが言う。
「別に。結局たいしたことなかったよ」
「お前の噂はこれ以上広まらないように俺がしとくからさ」
「そんなことできるのか。でも、わざわざいいよ。噂なんて皆そのうち忘れちゃうからさ、きっと」
実際、夏休みに入ると、次第に僕の噂のことは皆忘れてしまったみたいだった。僕は平穏にこの蒸し暑い夏を乗り切ることができそうだ。